日本では、少子高齢化の進展や、所有者不明土地問題などの社会課題への対応から、遺言制度の重要性が増しています。また、急速なデジタル化の進展に伴い、手書きで文書を作成する機会が減少している現代社会に合わせた遺言の方式が求められています。
 このような社会情勢を踏まえ、法制審議会民法(遺言関係)部会では、国民がより遺言制度を利用しやすくなるよう、遺言制度の見直しに関する中間試案が取りまとめられました。この試案は、遺言者の真意を確保し、偽造・変造を防止し、かつ慎重な考慮(熟慮)を促すという遺言の厳格な方式の趣旨を踏まえつつ、新たな方式の創設や既存の方式の見直しが提案されています。

1.デジタル技術を活用した新たな遺言の方式(普通方式)の創設

 中間試案では、遺言の本文をパソコンやスマートフォンなどで作成した電磁的記録、またはそのプリントアウトした書面による新たな遺言の方式として、大きく3つの案(甲案、乙案、丙案)が検討されています。

甲案:公的機関の関与なくデジタルで完結する方式
 この方式は、遺言の全文などを電磁的記録で作成し、遺言者による全文の口述を録音・録画で記録するものです。公的機関による保管を前提としないため、いつでも作成できるメリットがある一方で、紛失や発見されないリスクがある点は既存の自筆証書遺言と共通しています。

• 甲1案:証人の立会いを要件とする案
  • 遺言者が電磁的記録に遺言の全文、日付、氏名、証人の氏名などを記録します。これは遺言者の指示を受けた者が記録することも許容されます。電子署名を追加することも検討されていますが、現時点では必須要件ではありません。
  • 遺言者が、証人2人以上の前で、記録された全文、日付、氏名を口述します。証人の役割は、遺言者の人違いがないこと、真意に基づくこと、口述に誤りがないことなどを確認することです。証人はウェブ会議による立ち会いも検討されています。
  • 証人が、遺言者の口述内容が電磁的記録と一致することを承認し、自身の氏名などを口述します。
  • 上記の口述とその状況を録音・録画により電磁的記録に記録します。これにより、遺言の真意性・真正性を担保し、不当な影響を排除することを目指しています。
  • この方式による遺言も、家庭裁判所での検認手続きが必要と想定されています。

• 甲2案:証人の立会いを不要とし、技術的措置を講じる案
  • 遺言者が電磁的記録に遺言の全文、日付、氏名を記録し、電子署名を行います。電子署名により、作成者の同一性や改変の有無を確認できる機能を持たせます。
  • 遺言者が、記録された全文、日付、氏名を口述し、これを録音・録画により電磁的記録に記録します。
  • 録音・録画時には、遺言者以外の者が立ち会わず、かつ口述できないようにする措置をとることが求められます。これは、民間のサービス(本人確認機能などを備えたアプリケーションの利用)によって担保されることが想定されています。生体認証や振る舞い認証などの組み合わせも検討されています。
  • 甲1案と同様に、家庭裁判所での検認手続きが必要と想定されています。

乙案:公的機関で保管するデジタル遺言方式
 この方式は、遺言の全文などを電磁的記録で作成し、公的機関(法務局が想定されています)で保管することを要件とします。
  • 遺言者が、電磁的記録に遺言の全文と氏名を記録し、電子署名を行います。
  • 遺言者が、オンラインで公的機関に電磁的記録や申請情報などを提供し、保管を申請します。
  • 公的機関が、申請者の本人確認を行います(マイナンバーカードの署名用電子証明書などを用いた確認を想定)。
  • 遺言者が、公的機関に出頭し、遺言の全文を口述します。ただし、公的機関が相当と認めれば、ウェブ会議の方法による口述も可能です。この口述により、遺言者の真意が確保されると考えられています。
  • 公的機関が、手続きに従って保管申請が行われたことを記録し、電磁的記録を保管します。
  • この方式による遺言は、公的機関での保管により、変造・破棄・隠匿・紛失のリスクや発見されないリスクが軽減されるため、家庭裁判所での検認手続きは不要とされています。

丙案:公的機関で保管する書面遺言方式
 この方式は、電磁的記録をプリントアウトするなどして遺言の全文が記載された書面を作成し、公的機関で保管するものです。
  • 遺言者が、全文が記載された遺言書に署名します。全文はワープロソフトなどでの入力や手書きも許容されます。
  • 遺言者が、公的機関に遺言書や申請書などを提出し、保管を申請します(持参または郵送)。
  • 公的機関が、申請者の本人確認を行います(マイナンバーカードの提示などを想定)。
  • 遺言者が、公的機関に出頭し、遺言の全文を口述します。乙案と同様にウェブ会議による口述も可能です。
  • 公的機関が、手続きに従って保管申請が行われたことを記録し、遺言書を保管します。
  • 乙案と同様に、この方式による遺言も家庭裁判所での検認手続きは不要とされています。

2.自筆証書遺言の押印要件の見直し

 現在の自筆証書遺言には、全文、日付、氏名の自書に加え、押印が要件とされています。この押印要件について、中間試案では以下の2つの案が検討されています。

• 甲案:押印を不要とする
 押印が真意性や真正性の担保に果たす役割が必ずしも大きくないことや、社会における押印習慣の変化を考慮したものです。
• 乙案:引き続き押印を必要とする(現行維持)
 押印が依然として下書きと完成品を区別する機能を持つこと、遺言は頻繁に作成されるものではないため押印の負担は大きくないという考え方に基づきます。

 これらに加えて、押印を要件としつつも、裁判所が遺言者の意思に基づくと認めた場合や、自筆証書遺言書保管制度を利用した場合など、特定の要件を満たせば押印がなくても有効とする「後注」の考え方も検討されています。
 秘密証書遺言についても、遺言者と証人の押印要件について、自筆証書遺言の検討結果を踏まえて同様の案が検討されています。

3.特別の方式の遺言の見直し

特別な方式の遺言は、普通の方式の遺言を作成することが困難な状況で認められる例外的な方式です。中間試案では、その作成できる場面の明確化と、デジタル技術を活用した新たな作成方式の追加が検討されています。

作成できる場面の見直し
船舶遭難者遺言 現行の「船舶が遭難した場合」だけでなく、航空機遭難や天災(地震、洪水など)、その他避けることのできない事変(暴動、戦乱など)も含まれることを明確化する方向で検討されています。山岳遭難もその対象となるか引き続き検討されます。
一般隔絶地遺言 現行の「伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所」だけでなく、一般社会との交通が事実上または法律上自由に行えない場所にいる者すべてを含むことを明確化する方向で検討されています。
死亡危急時遺言
在船者遺言
これらの作成できる場面の規律は現行法を維持する方向で検討されています。


デジタル技術を活用した新たな作成方式の追加
 死亡危急時遺言と船舶遭難者遺言において、デジタル技術を活用した新たな方式が複数提案されています。これらは、従来の口述・筆記方式に加え、録音・録画の活用を要件とし、証人の人数を緩和(1人以上)したり、ウェブ会議による立ち会いを可能としたりするものです。
死亡危急時遺言 遺言の全文を電磁的記録または書面で作成し、証人1人以上の立会いのもと、遺言の趣旨を口授し、その状況を録音・録画する方式が提案されています。遺言の全内容を録音・録画した電磁的記録自体を遺言とする案も検討されています。
船舶遭難者遺言 遺言の全文を電磁的記録または書面で作成し、証人1人以上の立会いのもと、口頭で遺言し、その状況を録音・録画する方式が提案されています。遺言の全内容を録音・録画した電磁的記録自体を遺言とする案も提案されています。
一般隔絶地遺言
在船者遺言
これらについては、デジタル技術を活用した新たな方式は設けない方向で検討されています。

4.その他の検討事項

  • 遺言能力:遺言者が遺言事項を決定・認識できる判断能力があるかという遺言能力について、現時点では新たな規律は設けない方針です。
  • 遺言内容の明確性:遺言内容が不明確で無効となることを防ぐ規律についても、特段の規律は設けない方針です。ウェブサイトでの文例提示や民間サービスのフォーマット活用などで対応する考えです。
  • 成年被後見人の遺言:成年被後見人が遺言をする際の医師2人以上の立会い要件について、自筆証書遺言の押印要件の見直しや成年後見制度自体の見直し議論を踏まえ、引き続き検討されます。

 これらの検討は、令和6年2月の法務大臣からの諮問を受け、同年4月から法制審議会民法(遺言関係)部会で進められており、令和7年7月に中間試案が取りまとめられました。今後はこの中間試案に対する意見募集(パブリック・コメント)が行われ、その意見を踏まえて引き続き審議が進められる予定です。
 今回の遺言制度の見直しは、高齢化・デジタル化が進む社会において、個人の意思を尊重し、より多様な形で遺言を残せるようにするための重要な一歩と言えるでしょう。


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