はじめに


昨日の日経新聞電子版で、次のような記事がありました。
技能実習生の失踪、最多9700人 防止へ転職要件明確に

技能実習中に失踪した外国人が2023年は9753人で過去最多だったことが2日、出入国在留管理庁への取材で分かった。入管庁は人権侵害を受けた実習生が職場を嫌って失踪した例が一定数あるとみて、パワハラやセクハラに遭った場合などに転職しやすくなるよう制度の運用を変える。

技能実習に代わり27年にも導入される新制度「育成就労」は2年超働けば本人の意思で転職できるようになる。入管庁はこれに先立ち、現行制度...
日本経済新聞 2024年9月2日 17:00 [有料会員限定記事]

海外から技能実習生を受け入れる「技能実習制度」は、建前としては”発展途上国への技術移転”としていますが、実態は”安価な労働力確保”という側面が大きく、特に転籍の難しさから、人権侵害的な職場環境にあっても我慢して働くか、職場を変えるには失踪するしか手段がなく、結果的に不法滞在の原因となっています。

このような「技能実習制度」の問題を踏まえ、6月に「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」を改め「外国人の育成就労の適正な実施及び育成就労外国人の保護に関する法律」が公布され、正面から「人手不足解消」を目的とした「育成就労制度」が創設されました。

この「育成就労制度」は、従来の技能実習制度に代わり、特定の産業分野での人材育成と確保を目的とした新しい制度で、令和6年6月21日の公布日から3年以内に施行されます。

今回は、「育成就労制度」の主要なポイントを取り上げていきます。


第1章 育成就労制度の目的と基本方針


1.1 なぜ育成就労制度が必要なのか?
少子高齢化が進み、労働力不足が深刻化する日本において、特定の産業分野で必要な人材を確保することが喫緊の課題となっています。従来の技能実習制度は、国際協力という側面が強く、人材育成と国内の労働力不足解消という点では課題がありました。

そこで、より直接的に国内の人材不足に対応するため、「育成就労制度」が創設されました。
この制度は、単に労働力を確保するだけでなく、外国人労働者に必要な技能を育成し、中長期的な人材不足を解消することを目的としています。

1.2 育成就労制度の特徴
人材育成と人材確保の両立: 従来の技能実習制度と異なり、育成就労制度は、人材育成と国内の労働力確保の両立を目的としています。
  • 特定の産業分野への特化:育成就労は、人材不足が深刻な特定の産業分野に限定して実施されます。
  • 認定育成就労計画:育成就労を実施するためには、事前に認定育成就労計画を作成し、認可を受ける必要があります。計画には、従事させる業務、必要な技能、研修内容などが詳細に記載されます。
  • 監理支援機関:監理型育成就労では、非営利の監理支援機関が、育成就労外国人をサポートし、企業への紹介や指導を行います。
従来の「技能実習制度」と新たに導入される「育成就労制度」の違い
- 技能実習制度 育成就労制度
目的 開発途上国の経済発展に貢献するため、日本の企業で技能を習得させ、母国に帰って技術を移転してもらうこと 日本の労働力不足を解消するため、外国人労働者に特定の技能を習得させ、日本国内で働いてもらうこと
焦点 技能の移転 人材の確保
期間 最長5年間 3年間の育成期間を経て、特定技能1号の資格を取得し、日本に長期滞在できる可能性がある。
転籍 原則不可 一定条件下で可能
日本語力 必須ではない 必須

1.3 育成就労の2つの区分

育成就労は、受け入れ体制によって大きく2つに分類されます。
  • 監理型育成就労:非営利の監理支援機関が、育成就労外国人を受け入れ、傘下の企業で育成就労を実施する形態です。
  • 単独型育成就労:日本企業が、自社の海外事業所の従業員を受け入れて育成就労を実施する形態です。

項目 監理型育成就労 単独型育成就労
定義 監理支援機関が、育成就労の実施に関する指導、監査、育成就労外国人への相談対応などを行う形態。 育成就労実施者が、監理支援機関の支援を受けずに、単独で育成就労を実施する形態。
特徴
  • 監理支援機関が中立的な立場から、育成就労の適正な実施を確保。
  • 育成就労実施者は、監理支援機関の指導のもと、制度を理解し、運用できる。
  • 育成就労外国人に対する支援体制が充実。
  • 育成就労実施者が、主体的に制度を運営。
  • 企業の独自性を活かした人材育成が可能。
  • 柔軟な対応が可能。
メリット
  • 制度の理解不足によるトラブルを防止できる。
  • 監理支援機関のノウハウを活用できる。
  • 育成就労外国人の定着率向上に繋がる。
  • 企業の独自性を活かした人材育成が可能。
  • 柔軟な対応が可能。
デメリット
  • 監理支援機関への費用負担が発生する。
  • 制度の運営に一定の制約を受ける可能性がある。
  • 制度の理解不足によるトラブルが発生するリスクがある。
  • 制度運営に関するノウハウが必要となる。
適している企業
  • 育成就労制度の導入が初めての中小企業
  • 制度の運営に不安がある企業
  • 多様な国籍の外国人を受け入れたい企業
  • 大企業や中堅企業
  • 独自の教育プログラムを持っている企業
  • 柔軟な対応をしたい企業


第2章 認定育成就労計画と転籍制度


2.1 認定育成就労計画
育成就労を実施するためには、事前に「認定育成就労計画」を作成し、認可を受ける必要があります。この計画は、外国人労働者が日本でどのような仕事に就き、どのようなスキルを習得するのかを具体的に示すもので、いわば育成就労の「青写真」のようなものです。

認定育成就労計画に含まれる主な内容
従事させる業務 具体的にどのような仕事に従事させるのか。
必要な技能 習得させたいスキルや知識。
研修内容 技能習得のために実施する研修の内容。
日本語能力 要求される日本語能力のレベル。
育成期間 育成就労の期間(原則3年以内)。
評価方法 技能習得の度合いをどのように評価するか。
労働条件 賃金、労働時間、休日など。


2.2 転籍制度
育成就労制度では、一定の条件を満たせば、育成就労外国人自身が希望する企業へ転籍(育成就労先を変更)することが可能です。
転籍制度は、育成就労外国人のキャリアアップを支援し、労働市場の流動性を高めることを目的としています。

転籍の条件
  • やむを得ない事情がある場合:天災地変、企業の倒産など、本人による意思とは関係なく転籍が必要となる場合。
  • 本人の希望による場合:一定期間の就労経験があり、新たなスキルを習得したい場合など。


転籍の手続き
  1. 転籍希望の申出:育成就労外国人が、現在の企業または監理支援機関に転籍の希望を申し出ます。
  2. 新たな企業との契約:新しい企業と雇用契約を締結します。
  3. 新たな認定育成就労計画の作成:新しい企業が、新たな認定育成就労計画を作成し、認可を受けます。


第3章 監理支援機関


3.1 監理支援機関とは?
監理支援機関とは、育成就労外国人を受け入れ、育成就労を実施する企業(育成就労実施者)をサポートする非営利の法人を指します。監理支援機関は、育成就労が円滑に実施されるよう、様々な支援を行います。

3.2 監理支援機関の許可
監理支援機関として活動するためには、国から許可を受ける必要があります。許可を受けるためには、以下の要件を満たす必要があります。
  • 非営利法人であること:営利目的ではなく、公益のために活動する法人であること。
  • 専門的な知識や経験を持つ職員を配置していること:育成就労に関する専門的な知識や経験を持つ職員を配置していること。
  • 財政基盤が安定していること:監理支援事業を継続的に行えるだけの財政基盤を有していること。
  • 個人情報保護体制が整備されていること:育成就労外国人に関する個人情報を適切に保護するための体制が整っていること。


3.3 監理支援機関の主な業務
  • 育成就労計画の作成支援:育成就労実施者が作成する認定育成就労計画について、法令に適合しているか、内容が適切かなどをチェックし、アドバイスを行います。
  • 育成就労の実施状況の監査:定期的に育成就労実施者を訪問し、育成就労が計画どおりに進んでいるか、労働条件が守られているかなどを確認します。
  • 育成就労外国人への相談対応:育成就労外国人が抱える悩みや問題に対して、相談に乗ったり、必要な支援を行います。
  • 関係機関との連携:行政機関、労働基準監督署、医療機関など、関係機関と連携し、育成就労に関する情報を共有したり、問題解決に向けて協力したりします。


3.4 監理支援機関の重要性
監理支援機関は、育成就労制度の円滑な運営に不可欠な存在です。監理支援機関が適切な支援を行うことで、以下の効果が期待できます。
  • 育成就労の質の向上:育成就労外国人が安心して働くことができる環境が整備され、技能習得の効果が向上します。
  • トラブルの防止:育成就労に関するトラブルを未然に防ぎ、円滑な関係構築に貢献します。
  • 制度の信頼性向上:監理支援機関の活動を通じて、育成就労制度に対する社会全体の信頼を高めることができます。


第4章 育成就労外国人に対する保護


4.1 育成就労外国人に対する保護
育成就労制度では、外国人労働者の権利を保護し、人道的な待遇を確保することが重要視されています。以下に、育成就労外国人に対する主な保護策を挙げます。
  • 労働条件の保障:賃金、労働時間、休日など、労働基準法に定められた労働条件が保障されます。
  • 差別禁止:国籍、人種、性別などによる差別は禁止されており、すべての労働者が平等な待遇を受ける権利があります。
  • ハラスメント防止:職場でのいじめや嫌がらせなどのハラスメント行為が禁止されています。
  • 相談窓口の設置:困ったことがあれば、相談できる窓口が設置されており、必要な支援を受けることができます。
  • 転籍制度の導入:労働条件の改善やキャリアアップを目的に、他の企業へ転籍することが可能です。


4.2 罰則
育成就労法では、育成就労外国人に対する不当な行為や、制度の不正利用に対して、罰則が規定されています。主な罰則としては、以下のものが挙げられます。
  • 虚偽の申請:虚偽の申請を行った場合
  • 労働条件の違反:最低賃金法違反、労働時間法違反など
  • ハラスメント:職場でのいじめや嫌がらせ
  • 人身売買:人身売買に関与した場合


最後に


今回は、3年以内に施行されることとなる「育成就労制度」について解説してきました。
「育成就労制度」は、今後も社会の変化に合わせて見直されていくことが予想されます。特に、人手不足が深刻化する産業分野において、その役割はますます大きくなっていくと思われます。

「育成就労制度」
は、日本社会の課題解決に貢献するだけでなく、多文化共生社会の実現にもつながる重要な制度です。
そのためには、育成就労制度で来日した外国人のキャリアパス形成を支援する制度の拡充や、多様なバックグラウンドを持つ外国人労働者の受け入れに向けた対応が求められます。

この記事が、育成就労制度に関する理解を深める一助となれば幸いです。

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