令和8年(2026年)5月(5月25日までに施行)からスタートする新制度「企業価値担保権」。
「不動産がなくても会社の将来性で融資が受けられる」「経営者保証が外れる」といったメリットが注目されていますが、実際にこの担保権をどうやって設定するのか、私たち司法書士が扱う「登記」はどうなるのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。
今回は、制度の概要をおさらいしつつ、「企業価値担保権の設定登記の手続き」について、現在判明している法令・規則案に基づいて解説します。
1. 企業価値担保権とは?
これまでの融資では、不動産や経営者個人の保証が担保の主流でした。しかし、スタートアップ企業など「資産はないが将来性はある」企業にとって、これは高いハードルでした。
企業価値担保権は、特定のモノではなく、「会社全体(総財産)」を一体として担保にする制度です。
在庫や機械だけでなく、「ノウハウ」「顧客基盤」「将来のキャッシュフロー」といった無形資産もすべて含めた「事業の価値」を担保にします。
最大のメリット:経営者保証の原則解除
この制度を利用する場合、粉飾決算等の例外を除き、原則として経営者保証は求められません。これにより、経営者は個人破産のリスクを恐れず、思い切った事業展開が可能になります。
2. 登記の常識が変わる?「商業登記」が対抗要件に
ここからが司法書士としての本題です。
通常、担保といえば「不動産登記(抵当権)」や「動産譲渡登記」をイメージしますが、企業価値担保権は全く異なります。
① 設定の場所は「商業登記簿」
企業価値担保権は、会社の本店所在地を管轄する法務局で、「商業登記」として申請します。
会社の登記事項証明書(登記簿謄本)に、新たに「企業価値担保権区」という欄が設けられ、そこに記録される予定です。
② 「信託」の仕組みを使う
この担保権は、会社と金融機関が直接契約するのではなく、「信託」を使います。
- 委託者: 融資を受ける会社
- 受託者(担保権者): 免許を受けた信託会社(※銀行等が兼務することも可能)
- 受益者: 融資をする金融機関など
登記簿上の「権利者」として名前が載るのは、融資をした銀行そのものではなく、「企業価値担保権信託会社(受託者)」となります。
3. 設定登記の手続き詳細(実務編)
では、実際にどのような手続きで登記が行われるのでしょうか。現時点での法令・規則案に基づく実務フローを解説します。
申請の概要
- 管轄: 会社の本店所在地を管轄する法務局[2]
- 申請人:
- 権利者: 企業価値担保権者(信託会社)
- 義務者: 設定者(融資を受ける会社)
- 登録免許税: 1件につき 30,000円
【Point】 不動産抵当権(債権額の0.4%)と異なり、融資額が数億円であっても定額です。コスト面でのメリットは非常に大きいと言えます。
必要書類(添付情報)
通常の商業登記とは少し異なる書類が必要です。
- 登記原因証明情報:
「企業価値担保権信託契約書」などが該当します。被担保債権の範囲や受益者などが記載された契約書です。 - 印鑑証明書:
設定者(会社)の実印の印鑑証明書。(※所定の手続きにより省略可能となる見込みです) - 委任状:
司法書士への委任状です。
※株主総会議事録は不要?
企業価値担保権の設定は「重要な財産の処分」にあたるため、取締役会設置会社では取締役会決議が必要です。しかし、登記申請の添付書類としては、原則として取締役会議事録や株主総会議事録の添付は不要となる方向で調整されています(不動産登記の実務と同様の扱いです)。
4. 登記簿には「何が」載るのか?(重要)
ここが実務上の最大の注意点です。商業登記簿の「企業価値担保権区」には、以下の事項が記録されます。
- 登記の目的: 「企業価値担保権設定」
- 受付年月日・受付番号
- 原因: 「令和〇年〇月〇日信託」など
- 権利者: 企業価値担保権者(信託会社)の氏名・住所
【注意】載らない情報
- 被担保債権額(融資額)や極度額
- 受益者(実質的な貸し手である金融機関名)
- 債務の利息や損害金
不動産登記の乙区(抵当権など)とは異なり、「いくら借りているか」「誰が貸しているか(受益者)」は登記簿を見ても分かりません。
これらは信託契約の内容になるため、詳細は当事者に開示を求める必要があります。
5. 不動産取引・M&A実務への影響
企業価値担保権の導入により、不動産売買やM&Aの際の実務フローが変わります。
① 不動産を買う時の調査が変わる
企業価値担保権は、会社の「総財産」を担保にします。つまり、会社が持っている不動産も自動的に担保に入っています。
もし、企業価値担保権が設定されている会社から不動産を買う場合、「企業価値担保権者の同意」がないと、売買が無効になったり、担保権がついたまま取得することになるリスクがあります。
今後は、法人から不動産を買う際、必ず「商業登記簿」を確認し、企業価値担保権の有無をチェックする必要があります。
② 優先順位のルール
「企業価値担保権」と「不動産の抵当権」が競合した場合、原則として「登記の早い者勝ち」になります。
金融機関が不動産担保融資を行う際も、先に企業価値担保権が設定されていないか、商業登記簿の確認が必須となります。
まとめ
企業価値担保権は、スタートアップや事業承継を考える企業にとって、資金調達の強力な選択肢となります。
一方で、登記制度や取引の安全確認においては、これまでの常識が通用しない新しいルールが適用されます。
- 経営者の方へ: 経営者保証を外して資金調達できるチャンスです。
- 金融機関の方へ: 登録免許税が安く、事業全体を把握できる新たな融資手法です。
- 実務担当者の方へ: 不動産取引やM&Aの際の「商業登記確認」が必須になります。
本記事は、令和8年2月時点の法令・公開資料(パブリックコメント案等)に基づき作成しています。施行までに細則や通達により運用が変更される可能性があります。